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あの錫杖頭は何処に? 続4 「剱岳・点の記」

 国内で唯一の未踏峰と考えられていた剱岳、苦難の末の初登頂に感激した柴崎測量隊だったが、頂上付近で偶然発見した錫杖頭で無念にも、以前に修験者により頂上を極められていたことを知り愕然とする。
この報告を聞いた陸軍は登頂した柴崎らの功績を評価しなかったが、錫杖頭の発見は大きな意義を持っていた。
          

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 当時の富山日報(北日本新聞の前身)によると柴崎は「いつの時代、いかなる人が残して去りしものか、槍の持ち主と錫杖の持ち主とは同一の人か」と、発見の驚きを語っている。
 長さは錫杖頭が13・4センチ。鉄剣が22・ 6センチの大きさだ。この錫杖頭は柴崎が持ち帰り柴崎家で保管されていたが、現在は、立山博物館が所蔵・展示している。いずれも国指定重要文化財である。

 では、錫杖頭は何時頃の年代のものか?
錫杖頭の発見は、柴崎らより先に剱岳に登頂した者がいたことを示す証拠であり、剱岳の山岳信仰を物語っている。
 錫杖頭の制作年代は、発見から4年後に考古学者の高橋健自が論文の中で、素朴な形状から「奈良時代末期から平安時代初期」と推定し、以来、これが定説のようになっている。

 その後、立山博物館が元興寺文化財研究所(奈良市)に蛍光X線による分析を依頼したが、「制作年代、制作地とも直接 、示唆する情報は得られなかった」としている。
立山博物館では、立山信仰の最古の仏教的痕跡である錫杖頭を山頂に 持参した人物は「捨身修行者」とみており、今後は、立山信仰の変遷と絡めて研究 を進めるとしている。
       参考文献:北日本新聞&立山博物館の資料より抜粋

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